로그인「あのじろうくんも、なんとついに、二十五歳になりましたー! ギネスブックを、また更新です!」 客から、盛大な拍手が送られる。 あのじろう生誕二十五周年&カンブリアン・アクアリウム開設二十周年のお盆イベント。 入場者には缶バッジが配られ、すでに着けている客も少なくない。 五年前のお盆イベント以来、缶バッジ無料配布は、恒例になっていた。 盛り上がる、アノマロカリス水槽を担当するのは、雁州まりん。 すっかりベテランの風格が出てきて、だいぶ大人っぽくなった。 奈良奏は、コリンズ不在につき、イギリス人団体客の、案内中。 織田らいあは、お盆で久々に大盛況となったエディアカラ別館で、接客に大忙し。普段は、マイペースにやっている。 五年前、絶滅展を成功させた春木あくあと、缶バッジ&「あのじろうが大人になるまで」企画を成功させた波部里愛は、その後もヒット企画をいくつか出し、完全に出世コースに乗った。 また、あくあは約束通り、エディアカラ企画をヒットさせ、らいあと奏との約束を果たした。 ◆ ◆ ◆ そして、翌春。「雁州まりんです。あなたの指導役を務めます。よろしくね」 眼前の人物に、微笑む。未来のベテランを育てるべく、新人研修を行うまりんであった――。
「あのじろうを、通常水槽に戻そうと思うのですが、いかがでしょうか?」 絶滅展・二日目もたけなわの頃、医療課の石田課長から、飼育課の課長に、メッセージが届いた。 その場にいるスタッフの意見を募る、飼育課課長。 満場一致で、賛成であった。 その旨返答すると、さっそく社内報を飛ばす。 しかし、現在皆仕事中。あのじろう帰還の報が広まるのは、終礼後であった。「あのじろうが、帰ってきますよ!」 社内報を見たあくあが、声を上げる。 企画課一同、社内報を見る。「おお! こりゃ、お祝いせにゃいかんな!」「お祝いパネル、作りましょうよ!」「よし! 悪いがみんな、残業だ!」 ノリノリで資材課に突撃し、「おかえり! あのじろう!」パネルの制作に取り掛かる、企画課職員たち。 絵の上手いスタッフがあのじろうを描き、ペンキが乾くのを待つ。 ペンキが乾くと、続いて字の上手いスタッフが、「おかえり! あのじろう!」と書く。 そして、どこに設置するかという話になるが……。「正面に、堂々と置きたいですよね」「かといって、絶滅展の邪魔になっちゃ、だめでしょう」 考えててもまとまらないので、パネルを手に、アクアリウム正面に行こうという話になった。「ここ、そそりますよねー」 あくあが、正面ゲート上部を指差す。「だなあ。ここが一番、見栄えがする」 課長も同意だ。「おい、昇降車借りてこい! あそこにつけるぞ!」 免許を持つスタッフが施設課に、ひとっ走りする。 一同、そわそわ待っていると、昇降車がやって来た。「オーライ! オーライ! ……ストップ!」 運転手を誘導し、位置を定める。ドリルでパネルに穴を開け、針金でしっかり固定する。「いいぞー! 完成だー!」 「おおー!」と、拳を突き上げる一同。 館長許可を得ていない企画だが、事後承諾でなんとかするつもりだ。怒られたら、そのときは土下座でも何でもして、パネルを守ろうと誓う課長であった。 ◆ ◆ ◆ 少し時間は遡り、他課職員たちは。「おお~……!」 薄紫のタグを付けたあのじろうが、悠然と泳いでいる! もう、変な泳ぎ方はしていない。 それを、感動しながら眺める一同。「ううっ……! 良かったね……! 良かったね……!」 感極まって、泣き出してしまったまりんの肩を、優しく叩く奏。「いつまでも見てい
七月も二週目に入り、いよいよ絶滅展の準備も大詰め。企画課は、目の回るような忙しさだった。(確かに、これアタシ中心で回してたら、アタシ潰れてたかも……) 冷静に自分が見られるようになった今、あくあはそう思うのであった。 一方、案内課の話。 トークショーの解説は、まりんでも奏でもらいあでもなく、かなりのベテランに決まった。 三人は残念であったが、この大掛かりなイベント、確かに自分の身に余ったろうとも思う。 担当者は通常業務を外れ、絶滅展の内容を頭に叩き込んでいる。 絶滅に関するアンケートは、すでに厳選してまとめられ、教授からの回答を得ている。さすがに、ぶっつけ本番ではやらない。ただ、教授も担当案内員も、「初めて知りました」という体で、イベントを進めることになっている。 担当は、子供にわかりにくそうなところは、事前に入念にチェックし、いかに噛み砕いて説明するかを、シミュレート。 こうして、瞬く間に七月二十日、夏休み突入前日。「いよいよだね」「うん」 絶滅展の巨大パネル設置作業を、仕事帰りに眺めながら、感慨にふけるまりんとあくあ。そして、先輩トリオ。「ここまできたんだなあ……」 あくあがつぶやく。各課の事前準備は、間に合った。あとは、当日の進行を必死に頑張るだけだ。「いつまでも見てたいのはわかるけど、御飯終わっちゃうよ? 帰りましょ」 里愛に促され、寮へ向かう一同であった。 ◆ ◆ ◆「そういえばさ、まりん。謝っておきたいことがあって」 相部屋で、そう切り出すあくあに、きょとんと首を傾げる当人。「あのじろう騒ぎのときさ、力にならせろとか、環境は整えてやるとか大口叩いといて、結局何もできなくてさ。ごめん!」 深々と、頭を下げる。「ううん、気にしないで。その気持ちが、一番ありがたかったよ。私のこと、心の底から心配して、何かできないか必死に考えてくれてたんだなって」 微笑むまりん。「ありがとう」 同時にそう言い、強く握手する。 明日の決戦に備え、よく食べ、清潔にし、よく眠る寮生たちであった。 ◆ ◆ ◆「まずは、この質問から。エデンと呼ばれた時代の、エディアカラ生物が滅んでしまったのはなぜですか?」 らいあの質問だ。「いい質問ですね。エディアカラ生物が滅んでしまったのは、楽園過ぎたため動物が増えすぎて、海の状態が、非
「あのじろう、助かったって!」 夕食の席で、大型デバイスを見ていた寮生が、声を上げる。 一同がそちらを注視すると、「世界初! アノマロカリス がん摘出手術成功!」 というテロップと、この間の研究所の責任者と思しき人が、映っていた。「おお~!」 と、声を上げる一同。「……ただ、何ぶん高齢なため、術後の回復が思わしくなく、あのじろうの、体力と気力の勝負といったところです」 責任者の言葉に、盛り上がった場が、冷える。「大丈夫! あのじろうは、ぜってー元気になって帰ってくるって!」「うん」 まりんを励まそうとあくあが声を掛けるが、まりんの表情に、動揺の色はなかった。(強くなったな……) 心がじわりと熱くなる、あくあであった。 ◆ ◆ ◆「お疲れ様でした!」 案内課にて。 七月第一週、最終日の終礼が終わった。 まりんは、再任命後、立派にアノマロカリス水槽の案内役を務めあげ、第一関門クリア。 正式に、ソロの案内員を任されるのが、いつになるかはわからないが、希望を胸に抱くのであった。「あのじろうの続報、あれからないですね」 帰路立ち止まり、デバイスを見ながらつぶやくまりん。「知らせがないのは、いい知らせ!」 あくあが、まりんの肩に手を置く。「そうだね」 ちょっと切なそうに、微笑むまりん。「明日から、いつもの体制に戻る。気合い入れていこう」「はい!」 らいあが、話題を切り替える。「絶滅展の方は、どう?」 不意に、企画組の進捗が、気になったまりん。「課長曰く、順調だって。五月のデスマーチが保険だっていうのは、本当だったんですね」「うん」 あくあと里愛が、そんな会話をする。「ん?」 デバイスに新規通知が来たので、開くまりん。「本日、あのじろうが、研究所から当館に搬送されます。完全に健康になるまで、医療課での療養となりますが、危険な状態は脱しました」 新規の社内報に、そう書かれていた。「みなさん! 社内報見てください!」「……おおー!」 肩を組み合って、きゃっきゃと喜び合う五人。「やったな、雁州!」「はい!」 じんわりと、目頭が熱くなる。 医療課は部外者入室禁止につき、あのじろうの様子を見に行くことはできないが、うちの療養水槽で、ゆったり泳ぐ彼を想像するのであった。 ◆ ◆ ◆ 寮での
「雁州さん、無断欠勤したわ……」 昼休み。社員食堂で、奏が非常に重い表情で、いつもの三人に言う。「えーっ! めちゃめちゃまずいですよ、それ!」 今、まりんの立場は非常に悪い。そこに、無断欠勤をやらかした。「折を見て、メッセージを送ったり、コールしてみたりしてるんだけど、全然返事なくて」「このままじゃ、ほんとに首が飛ぶぞ」 らいあも、強い危機感を覚える。「これじゃ、わたしがいくら課長を説得しても……」 頭を抱える奏。「ちょいとごめんよ。波部里愛って人、知らないか?」 飼育課のネームプレートを下げた中年男性が、四人に問う。「あ! 私です! なにかご用でしょうか?」「ああ、やっと見つかった。この署名の、雁州まりんってのは、一昨日飼育課に、あのじろうの異変を知らせに来た子かな?」「飼育課はわかりませんけど、ドクターに診てもらったって言ってましたよ!」 あくあが、一昨日の会話を思い出す。 それを聞いて、うんうん頷く彼。「やっぱり、あの子だな。署名、期待しといてくんな」 そう言うと、彼は去って行く。 狐につままれたような感覚で、食事を再開する四人であった。 ◆ ◆ ◆「これ見て!」 終業後、寮に帰ってきた里愛が、奏たちに署名ページを見せる。 するとそこには、二百以上の賛同がついていた。「え? マジすか、これ……」 呆然とするあくあ。しかし、一気に我に返り、自室に突撃する。「起きろ、まりん! お前には、二百人以上の味方がいるぞ! 二百人以上の社員が、お前の復帰に賛同してるんだ!」 無視。「い・つ・ま・で・も……ふてくされてんじゃねぇーっ!!」 布団を引っ剥がし、叩き起こす。それでも、視線を合わせようとしないまりんの両頬をひっつかみ、視線を合わさせる。「アタシだって、やべー時期あったよ! でも、立ち直るきっかけのアイデアくれたの、お前だって、波部先輩から教わったよ! 今度は、アタシに力にならせろ! 親友だろ!? なあ! 無力なの、辛いんだよ!!」 あくあは、泣いていた。「アタシと先輩方だけじゃない、お前には二百人以上の味方がいるんだ! みんなの気持ちを、無駄にすんなよ!」 まりんが、やっと自発的に視線を合わせる。「私、やり直せるかな……?」「それは、お前次第だよ。環境は、できる限り整えてやる」「ありがとう。ごめ
「ただいま……」 ふらふらと、自室に戻ってきたまりん。「遅かったな。……って、顔、真っ青じゃないか!」 死人のような形相の彼女に、仰天するあくあ。「うん、ちょっと、色々あって……」「なんだよ、アタシに話して、楽になることなら話せ!」 どうしようかと、悩むまりん。多分、自分が黙っていても、明日の朝礼で、アクアリウム全職員の知ることとなるだろう。「あのじろうがね、様子がおかしいの。で、ドクターに診てもらったら、研究所でMRI撮ろうって話になって……」 ゴクリと、固唾をのむあくあ。「大丈夫! きっと元気になって、帰ってくるって!」 こういう気休めが、逆効果なのかどうか。でも、自分にはこれしか言えなかった。「それより、飯食え、飯! 夕飯は片付けられちまったけど、まだ外出時間間に合うから、コンビニでなんか買ってこい! な!」「そうだね。行ってくる……」 元気という言葉のかけらもない様子で、寮長室に向かうまりん。そして、外出する。 ややあって、寮に戻ってきた。 食欲が全然湧かないが、適当に選んだサンドイッチを、無理やり口に詰め込む。「シャワー、浴びてくる」 入浴セットと着替えを、ゾンビのようにひっつかみ、とぼとぼと浴場へ向かう。 あくあにはもう、かけてあげられる言葉が、思いつかなかった。 ◆ ◆ ◆ 朝食タイム。相変わらず死人のようなまりんに、心配の視線を向ける、いつもの四人。「あのあと、なにかあったの?」 昨日の、様子のおかしさを見た奏が、やんわりと問う。「あのじろうが……」 口を開きかけた時、「えーっ!?」と、寮生の一部から、悲鳴が上がる。彼女らの視線の先には、大型デバイスがあった。皆の注意が、そちらに向く。まりんも例外ではなかった。「水族館の人気者、緊急手術」 というテロップと、アクアリウムで泳いでいる、あのじろうの資料映像が映し出されている。 ニュース番組だ。「……MRIで検査した結果、腫瘍が見つかり、より正確に診断するため患部を覆う殻を開き、マーカーで調べたところ、悪性腫瘍であることが判明しました。幸い、発見が早かったのでステージは1から進んでいませんが、なにぶん世界初の、アノマロカリスの手術となり、また高齢であるため……」 研究所の責任者が、淡々と衝撃の内容を発表する。 まりんは、倒れた。 ◆ ◆ ◆